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ホラー映画好きが考察するミッドサマー

久々にはてなブログを更新したと思ったら、ドラクエと全く関係のないネタですいません。今回は、『ドラゴンクエスト・ユアストーリー」に続いて2回目の個人的な主観に基づく映画批評です。お題は今話題の「ミッドサマー」。久々に素晴らしいホラー映画を見たので、ホラー好きによるホラー好きのための考察をしようと思います。
なお、この記事は映画のラストまでのネタバレをがっつりしています。そして、ルーンとかの考察もほとんどしていません(もっと詳しい記事が一杯ある)。以上をご了承ください。

 

 ミッドサマーは紛れもないホラー映画である

 最初に説明しますが、私は「超」がつくホラー好きです。グロ以外なら大抵のホラー映画は見ています。また、ホラー小説や怪談も大好きです。アリ・アスター監督は「ヘレデタリー」でファンになりました。

さて、ヘレデタリーですが、公開前から「これはホラーではない」「失恋映画、家族映画」と宣伝されていて、それも1つの話題になっていましたね(監督が直接語ったらしいけど)
日本の片隅に住む1ホラーファンの意見ですが、これは紛れもないホラー映画です。
というか、これほど手垢が付きまくって薄汚れた素材ばっかり寄せ集めた映画も久々に見ましたよ。

 

  • 無知な若者が好奇心で一般常識が通じない場所に集団で行く
  • 常識が通じない人々によって殺されるor酷い目に遭う
  • 現地の人々の風習や因習を尊重しないので殺されるor酷い目に遭う
  • ケンカするカップル。そして片方が死亡する
  • 友人達が仲間割れして、そのうち半数が死亡する
  • 「自分はここを出て行く、もうたくさんだ」と言った人が真っ先に犠牲になる

どれもこれも全部洋画ホラーのお約束です。「悪魔や幽霊などの超自然的なものが出てこないホラー映画で、これらのテイストを1つでも含んでいないものを探せ」

というほうが難しいじゃないでしょうか?動物とかゾンビが出てくるパニックムービーだって、「カップルor仲間がケンカして死亡フラグが立つ」ってのはよくあります。

アリ・アスター監督のすごいところは、「こんな手垢のついた素材ばっかりを集めて、ホラー好きの心を揺さぶるような素晴らしい映画を作った」ってことです。

つまり、見せ方と脚本が最高にうまい

彼以外がメガホンを取ったら、よくあるB級~C級のVシネマになったんじゃないかなと思います。

 

すべてをさらけ出した怖さ

多くのホラー映画は、暗闇の中で話が展開していきます。「暗闇」というのは、人の想像力をかき立てるものです。暗闇の中で変な音がしただけで、人は恐いものを想像します。しかし、人の想像力には限界があります。

「ほーら、恐いだろう」と、怖さの断片を見せられても、「多分恐いんだろうな」というリミットがかかってしまうのです。つまり、一種の安全装置ですね。

しかし、「ミッドサマー」は暗闇がありません。すべてが真っ青な空の下、さんさんと陽光に照らされながら惨劇がすすんでいきます。監督が見せたい恐怖を観客はバッチリ見せられてしまうのです。これは恐い。「幽霊」とか「悪魔」のような超自然的な怖さなら描く怖さには限界がありますが、人が人に行う残酷行為は無限の種類がありますし、実例もたんまりです。

しかも、アリ・アスター監督はすべての惨劇に美しい花を添えています。最近の映画の流行かもしれませんが、血しぶきを花びらで代用する演出はよく見ます。しかし、この映画はグロいものに美しい花が添えてある。これには心が混乱します。

「自分が今見ているものは、恐いものなの?美しいものなの?」と訳が分からなくなるのです。自分の価値観の根源を揺さぶられているような恐怖。これがミッドサマーの魅力だと思います。

息づかいのリアリティ

この映画を見る前、「音が恐い」という前評判を耳にしました。BGMが恐いのか人体破壊の音が恐いのかと思っていましたが、それ以上に「登場人物の息づかい」が恐いのです。この映画は、しばしば登場人物の目線でカメラが展開します。そして、息づかいがまるでBGMのように挿入されているのです。耳元で「はあ、はあ」という荒い息づかいが聞こえたら恐いでしょう。あれが全編にわたって入っています。

そして、この息づかいが「共感」を生み出してもいます。ラスト付近、主人公は恋人が村娘とおぞましいセックスをしているのを見てすごいショックを受けます。その後、村の女達が主人公と呼吸を合わせ、感情を共有してくれるのです。その結果、主人公は「私の気持ちを分かってくれた」と感動するんですが、これが観客にも伝染するんです。大勢の呼吸音を耳元で聞いて大勢が1つの感情に身を任せるのを見て、

「ああ、分かってもらってよかったね」とパチパチしたくなるんです。それが恐い。「まて、この女達はこのおぞましい風習を受け継いでいるぞ。しかもわざと主人公にセックス見せてなかったか?」

と一拍おいて気づく。自分の感情が映画に翻弄されてる。これぞホラーの醍醐味ですよね。

暗く始まって明るく終わる

通常のホラー映画は明るく始まって暗く終わります。「楽しい旅行のはずがとんでもない恐怖に巻きこまれた」という筋の場合、明るい風景とBGMが徐々に暗くなっていくでしょう。でも、ミッドサマーは真逆なんです。

最初は寒々しく真っ暗な冬の風景から始まり、ラストは真っ青な空の下主人公は美しい花に埋もれて笑ってるんですね。

で、やってることは恋人に熊の生皮をかぶせて小屋に閉じ込めて火をつけて生け贄にするっていうとんでもないことです。このギャップがもう最高。こんな恐怖の描き方があったか。コレは映画でないとできない。視覚に直接訴えかける恐怖。小説では無理な表現方法。拍手喝采したいです。

注 ホラージャンキーの感想です。

これは六部殺しでもある

アリ・アスター監督は「ミッドサマー」が日本の伝承や民話に影響を受けた話しだと明らかにしています。一例に挙がったのが「楢山節考」ですが、これは姥捨山伝説です。

多分、じーちゃんとばーちゃんが投身自殺したシーンが強烈なんで、この作品が挙げられたと思うのですが、個人的に、この映画は日本各地に伝承が伝わる「六部殺し」でもあると考えます。

六部殺しとは、『旅の巡礼者を村に招いてよってたかって殺してしまい、村人が豊かになるが、その因果が子供に出て大変なことになる」という怪談のテンプレートです。

つまり、外から富と情報をもたらしてくれる部外者を村人が殺すことによって村が豊かになりましたという話しでもあります。日本はコミュニティの結束力がとても強く、部外者を忌避する傾向にありました。ミッドサマーの中でも、あの村人は「この因習が時代遅れでなんか変だ、他のところでは忌み嫌われている」というのは分かってるんですよ。でも、やっぱり守り続けてる。先祖からの習慣だから。コレも日本っぽいですよね。スウェーデンが舞台ですけど日本が舞台でも全く問題なかったと思います。

 

で、余談なんですがあの村はキリスト教ではないんです。教会がないのはもちろんのこと、遺体を火葬にしている。これは、キリスト教の習慣ではないんですね。それにしても、遺体を焼くのにきっちり12時間以上もかけたのは感心しました。野天焼きの場合、一昼夜くらいかけないと遺体は骨にならないんです。芸が細かいですね。さすがアリ・アスター監督

 

主人公に共感すればハッピーエンド

ミッドサマーは、主人公が最初から不幸です。両親と妹を同時になくし、恋人は言葉では理解してくれても心は寄り添ってくれない。「私の気持ちなんて誰も分かってくれないんだ」状態です。そして、村に来てサンサンと降り注ぐ陽光の下、めい一杯体を動かして「私たち、言葉がなくてもわかり合える」と感動するわけです。

ある意味カルトに嵌ってく過程そっくりですが、アリ・アスター監督は「ま、それが本人の幸せならいいんじゃね」ってスタンスです。この突き放し感が好き。大好き。

その結果、主人公は多分村の一員になって気持ちの悪いセックスして子供産んで、72歳になったら飛び降りて死ぬんでしょう。ここに共感できればハッピーエンドです、この映画。傷ついている人ほど共感しやすいかもしれない。その点はちょっと恐いです。

 

この映画はホラー映画上級者向け

普段、ホラーをほとんど見ない人が、この映画を見ても「グロイ、気持ち悪い、もうダメ」という感想になりがちです。でも、ホラー好きなら「そうか、こんなホラーの見せ方があるのか」と感動できます。そういう意味で、この映画はホラー上級者向けです。グロイのが嫌いな人、気持ちが悪いのが嫌な人、不協和音に耐えられない人はおすすめしません。非常に人を選ぶ映画です。

 

以上